お侍様 小劇場

   “声を聞かせて” (お侍 番外編 53)
 


        



 一応は戸締まりをしますと、あちこちを見て回った七郎次を待っていた久蔵が、戻って来た彼を伴い、玄関ドアを開けると。その先の門前には、当家のものじゃあないボックスカーが1台、アイドリング状態で停まっており。あれれ、このパターンはいつぞやにもなかったかと、少々閉口しかかった七郎次だったが、

 『案ずるな。』

 何を思い出したかくらいは、さすがに久蔵にもピンと来たようで。もしかして“ふざける”という観念を知らないんじゃあないかと思うほど、いつだって生真面目で真剣な彼が、続いて口にしたのは、

 『駿河へ向かう。』
 『…はい?』

 前は木曽へと直行したが、今度はそうではないらしい。後部座席へのドアを開いて見通せた運転席には、木曽の屋敷を預かる執事頭の高階という、こちらも壮年盛りの男性がおり、だが、こちらへはちらりと眸をやっただけという態度が…何とはなく妙。単なるお出掛けの運転手に、何でまたこのお人がわざわざ来ているものか。東京近郊にも木曽の係累は多数おり、久蔵が所用で呼び出すおりは、その口だろう若いお人が来るの、これまで何度か見ている七郎次でもあって。丁重なご挨拶なり目礼なりもないのがまた、分別盛りなこのお人には不自然だなと、???を盛大に抱えた彼を、ほれ乗れと有無をも言わさず押し込むようにしての搭乗させると、シルバーグレイというたいそう地味な外観の車は、そのままなめらかに発進したのだが。

 “…え?”

 この車へと連なって、同じ車種とカラリングのボックスカーが、少なくとも2台は追っての続いているではないか。何の気なしに振り向いて、すぐさまそれと気づいた辺りは、腑抜けていてもそれなりの注意力が働く七郎次であるようで。そして、そんな彼だと見て取った久蔵、

 「こたびの島田の務めへは、
  木曽からも連絡係として“一つ目”というのが加わっていたんだが。」

 そんなことをば、ぽつりと呟く。おや、そうなんですかと視線をお隣りに座した久蔵の上へと戻した七郎次へ、

 「務めに加わると、その任が終わるまでは、たとえ親兄弟へも連絡は取れぬ。」
 「はい。」
 「だが、奴は試験的なもの、特別誂えの聴覚補助器を使っていた。」

 はしっこくて機転も利くところを買われての、何度も大きな務めへ駆り出されていた人物なのだが。以前に出た務めの中で、不慮の事態として不幸にも爆発に巻き込まれ、片側だけ聴覚が極端に弱まってしまったとのことで。左右の聴覚バランスが悪いというのは、時に物の位置やら接近する気配を正確に掴めず、場合によっては危険なケースもあるからと、それでとある研究所が開発中の、特別な補聴器を試していた最中でもあったらしいのだが。

 「それから発する信号を、つい昨日、駿河で拾うたとの報告があった。」
 「え…?」

 走行音にも紛れぬまま、久蔵が淡々と語る話は妙な方向へと進む。本来ならば、届けるべきこと。だが、そんな個人確認が可能だなんて知らなかったらしく。当初は、それが原因で居場所が敵方へ知られていたらどうしたのだと、憤然としていたお身内だったらしいものの。

 「駿河で拾われたというのが、
  国内任務ではないと聞いておりましたのに何故またと、怪訝に思っておりまして。」

 と、これは高階さんが続けて下さり。そこへ久蔵が、今度の任務に関して、何か知らせはないかと問い合わせて来たものだから。実は不審なことが…と、その点を報告したのが昨日の朝早く。
「それは…。」
 どういうことでしょうかと。訊きかけた七郎次へ、

 「こたびの組分け陣営、駿河の宗家へ戻っておるのだ。」

 久蔵がきっぱりと言い放つ。その後も、高階氏を基点にしての様々な探りを入れてみた結果、数日ほど前から、宗家の母屋へ普段の頭数以上の顔触れが、しかも秘密裏に増えていることが判明。情報戦は伝統的に木曽家の得意とするところでもあり、まず間違いはなかろうとし、

 「それを目指して、向かっている。」
 「あ……。」

 依然として連絡がないのは、まだ任務が完結してはないからだろうか。何がどうなっているのかまでは判らない。だが。国内へと戻って来ているのなら、姿を見るくらいは構わぬだろうに。七郎次の、今にも消え入りそうになってる悄然とした様子を見るにつけ。ガラス越しでもいい、何なら壁越しででもいい。勘兵衛との接触点を見つけて、少しでも間近に居させてやりたい。それを切実に思った次代様のお気持ちへ打たれたか、木曽の高階を始めとする何人かも協力をを惜しまなくてのこの運びであるらしく。車列は一路 駿河へと、軽快に向かっているのであった。






      ◇◇◇



 敷地の総面積は随分と広くて、公民館ですかとの誤解をされかねぬ規模の屋敷であったが。それを取り囲むフェンスや塀が、ところどころで後背の岩崖やら丘陵の斜面といった自然の要衝へと、溶け込んでいたり途切れていたりすることで、ひと連なりじゃあないのかもと誤魔化されていたり。それ以外にも、フェンスの向こうが鬱蒼とした木立になっている区画もあったりするので、全部が全部1つの邸宅だとは思われていない巧妙な作りであり。母屋以外にも離れや別邸が裏庭だの中庭だのに散らばっており、だがそれだとて大時代の華族の屋敷などでは特に珍しい構成じゃあない。ビリヤード用の離れや茶室に、使用人の家族が寝起きする、小さな小さな一戸建。広い敷地内のお散歩の途中で休憩するための四阿
(あずまや)などなどを抱えた、旧華族様のお屋敷…を改装した研修所で、住み込みの賄いさんという勤めを一家でこなしていた経歴がある筆者ですので、ベルサイユ宮殿がナンボのもんだという感覚も(おいおい)持ち合わせていたりしますが…それはさておき。

 「……。」

 年に一度、先代の法要のおりに必ず戻る宗家だのに。それ以外のおり、しかも勘兵衛が同行しないで門前まで訪のうなんて。もしかしたら高校生時代以来じゃあないだろかと、何とはなしに不思議な緊張感がする胸元を押さえておれば、
【 どちら様でしょうか。】
 インターフォンを鳴らした高階氏への応対の声は、七郎次が覚えているどの家人のそれでもないようで。あれ?と意外に思っていたのも束の間のこと、
「木曽の高階です。御亭にお目どおり願えませんか?」
 勘兵衛が居ないなら居ないで、こちらの家の執事頭、加藤氏がそれなりの面会なり応対をするはずが、
【 失礼ですが、面会のご予定のない方をお入れする訳には参りません。】
 やはり、未だ任務が完了してはいないからだろか。だが、この声には覚えがなくて。そこが妙に引っ掛かってやまない七郎次だったのを、ぐんと揺さぶったのが……。

 「え?」

 面会を拒絶されたことへも構わず、ボックスカーが動き出す。門には3m近い高さの鉄の門扉が閉ざされており、しかもしかも特別仕様のそれなので。装甲車ででもない限り、車が突っ込んでもびくともしないはずなのだったが、
「うわ…っ!」
 何の躊躇もないままに、がつんっと突っ込んだボックスカーは。一体どんなシャーシやフレームで武装をしていたものか、フロントグラスにひびさえ走らぬまま、鋼の扉をその蝶番のところで引き千切っての押し倒し、見事強引な侵入を敢行してしまっている。無論のこと、こんな無謀な強制進入が許されようはずがなく。しかもここは、島田一族の宗家本山。

 「掴まっててくださいよっ。」

 あまりにも大それたことを しでかした彼らに。ひゃあと青ざめた七郎次には構うことなく、こちらのワゴンとそれから、後に続いた2台の車も、ゆるやかな傾斜
(なぞえ)になったスロープを雄々しい足回りにてぐんぐんと昇り、だが、母屋の正面玄関は避けての、その傍ら。母屋の壁沿いに、生け垣や茂みを時折掠めつつ、奥へ奥へと侵入してゆく。生け垣の縁取りのレンガやブロックを何度も何度も踏み越えるので、がたがた激しく揺れ倒す車内であり。だが、随分な奥行きを誇る母屋の外壁を通過し、ひょいと出て来た中庭の取っ掛かりにて。がっくんと、足を強制的に取られた感触がしての、急停止による前のめりに遭い、座席から放り出されかけた面々で。

 「やられました。撒きビシでしょうね。」

 今時の一般家庭にあるはずがないものが、当たり前に存在するし、こちらもそれを言い当てられる。どこかとんでもない人々が、今ここに相対す。
「困りますね、高階様。」
 母屋の広間の壁一面を担う、大きな掃き出し窓の連なりから、ざっかけないいで立ちで出て来た人物は、やはり七郎次の見知らないお人。だが、

 「これは山科の仰木様じゃあありませんか。」

 高階さんがそうと声を掛けたのへ、七郎次がはっとする。京都・山科にも支家はあり、しかもそこには………。

 「行くぞっ!」

 急転直下な現状へ、何が何いやらと翻弄されかけていた七郎次だが。スライド式のドアを押し開き、久蔵が外へと飛び出したのへ。腕を引かれたこともあり、つられたようにし、後を追えば、

 「な…。」

 どのお人にも見覚えがない、だが、剥き出しの二の腕や肩の筋骨の隆起がいかにも雄々しくての、腕の立ちそうなお歴々が。中庭の奥の側の縁、椿の生け垣に設けられた枝折戸から、続々とこちらへ出てくるところ。久蔵と変わらぬほどの若いお人もおれば、七郎次より微妙に年上らしい顔もあり。軍隊思わすような統制の取れた態ではないながら、愚連隊のようなダラダラした様子でもない。強いて言えば悠然とした、どこやらの道場に住み込みの門弟の一団が。抵抗するなら手加減はしませんよと、泥棒か侵入者を相手にズラズラと出て来たようなもの。どうしてこうも、用意周到な構えでいたお人たちなのだろかと。自分らがこうして襲撃すること、知っていたかのような態勢なのと向き合って、

 「これは…木曽の次代様に七郎次様も。」

 仰木と呼ばれた御仁が、向こうからは知っていたのか、こちらの金髪の二人連れをほぼ名指しで呼んで。
「お越しになるとの連絡は受けておりませなんだが。このように強硬なお越しとなると、こちらもそれなりの応対をさせていただきますよ?」
 落ち着き払った物言いへ、望むところと言う代わりか、車内に積んでいたらしき、使い込まれた木刀を手にとると、前方から斜め下へ、ぶんと振って見せる久蔵で。それが合図になったのか、十人以上は出て来ていた男衆らが、ザッと地を蹴り飛び出してくる。向こうは何の得物も持たない丸腰空手の状態。それへと木刀で対すのは、人数差があれど、不公平なんじゃあと懸念を抱けば、そんな七郎次の前へと立ちはだかった久蔵が、一等賞で駆け寄った手合いを容赦なくの袈裟がけに殴り倒しており。


 「シチっ、構わんから薙ぎ倒せっ!」
 「ですが、」
 「島田はこの屋敷の奥にいるっ!」
 「…っ!」


 日頃 寡黙な久蔵が、滅多にないほどの力を込めて張り上げた恫喝の一声を、耳に入れたのだろ、その一瞬。意識をしての気勢を張らずとも、存在感があって見栄えのする、その均整の取れた長身が…凍ったようになって、堅く動かなくなった。驚きが勝
(まさ)ってのことか、それとも理解し難いことへの困惑からか。思考へのあまりに大きな衝撃に判断が追いつかず、その結果、体の連動までもが停止してしまったというところ。どちらにしてもその隙を逃すまいと、周囲を取り巻いていた練達らが素早く断じたのもまた無理はない。

 「七郎次様、お覚悟をっ。」
 「どうか、手向かいなさいますなっ。」

 手早く掛かれば怪我もさせまい。落ち着いて下さいませとの心持ちからの、それでも容赦のない当て身を目論む拳や手刀が、一閃で済めばとの鋭さで襲い掛かって来たのだが、

  ―― それらを逆に払い飛ばした一閃が、強靭な牙を剥いて宙にひらめく

 傍らにあった松の古木のしな垂れた枝を、下からつっかえさせるようにして支えていた支柱。さほど頑丈なそれではないようながら、それでもしっかり詰まった棍棒の棹のような代物だったもの。心持ち斜めになっていた根元への、かかと落としの一蹴りを加えてへし折ると、倒れかかったそれを手のひらへ受け止め、そのまま流れるような動作にて、体の前へ導いて。交差させた手首を支点に、ぶんっと大きく旋回させたその途端、それはもはや立派な武器へと生まれ変わっており。

 「がっ!」
 「ぐあっ!」

 たいがいの武器を扱える器用さを持ちながらも、長い得物を最も操り馴れている七郎次。正規の槍ではないその尋
(長さ)を、だが、ひゅんと一振りしたことで把握したらしく。頭上で回すは威嚇もかねて。そして胴ががら空きになることへと付け込み、飛び込む手合いを誘うためでもあったらしく。が、飛び込んで来かかった者は、真上から落ちてくる穂先か石突きか、容赦なく力の乗った直撃打撃を食らうこととなり。そうして地へとねじ伏せた手合いを、小船の櫂(かい)を掻く所作よろしく、後方へと押しやっての振り払い。その反動も利用しての前へと飛び出してくる、何とも切れのいい畳み掛けには、

 「うっ。」

 後からも続々との順次、詰め掛けていたはずの陣営が。威勢のいい攻勢との鉢合わせを恐れてか、思わずのこと前進をためらっての踏みとどまってしまうほど。自身の向背は、それこそ久蔵が得手の木刀振るい、畳み掛けての追わせはせぬ所存でいるらしく。高階氏が率いて来た加勢の何人かも投入されての、乱闘騒ぎが始まっており。そんなものをば背負っての、前進あるのみと飛び出して来た七郎次には、ついのこととて息を飲んでしまった、こちらの攻め手の軍勢らしかったものの。だが、今現在の当地の将たる人物が誰か、何を完遂せねばならぬかを、きっちり理解している彼らでもあるのだろう。たとえ主人筋の隋臣にあたる人物、宗家の身内が相手でも、その使命の優先順位をそう簡単には見失ったりしないようで。じりじりと後ずさっての、気がつけば。奥の離れの手前の内庭にまで後退していた面々だったが、

 「怯むなっ!」
 「お止めしろっ!」

 さすがに刃物や刃は持ち出さず、だが、相手がどれほどの手練れかも把握しておればこそ。陣営を組み直しての、次にと押し寄せた顔触れは。木刀や竹刀、拳にした指の付け根へと回したガードを構えての、ここは通さじという人の壁を構築する一団であり。

  ―― だが。

 正面を埋め尽くされても、それこそこちらも怯みはしない。疾走する足を緩めもしないで、そのまま直進してくるかと思いきや。進路の片側、古めかしい蔵の壁へと片足かけての蹴りつけて。重力に逆らい、壁を駆け上がった七郎次であり。

 「な…っ。」

 スケートボードでのバンク競技や、若しくはアジアのカンフー・アクション。勢いつけての壁を高々と、人の頭上へまでと駆け上がる技がありはするが。ワイヤーという補助もなし、しかもさしたる助走もないまま。たんっと軽やかに地を蹴った踏み切りのみにて。金の鏃
(やじり)を切っ先に据えた、さながら純白の矢のように。槍代わりの棹での反動もつけてとはいえ、一気に駆け上がり駆け抜けることで、結構な厚さがあった人の障壁、あっさりと飛び越してしまった七郎次だ。しかもしかも、

 「行かせるなっ!」
 「ぬう、どけと言うに。」
 「先が詰まっていて追えぬ。」

 選りにも選って、とおせんぼが自分らへと響いているらしく。そこからの追っ手は方向転換にまずはと手を焼いている次第。ここまでのずっと取り巻かれ続けていた人垣という障害を、一気に振り払った格好で、やっとのこと単独での快走を見せる七郎次だったが、

 「…っ。」

 辿り着いた最奥の棟。スズカケの木立を両脇に据えた、小洒落た洋館のような作りの別邸で、エントランスポーチの上が、二階の張り出しテラスになっている白亜の離れ。その入り口へと上がる短い階
(きざはし)には、柔らかな髪を長めに流した若々しいスタイリングも見慣れたそれの、うら若き西の総代、丹羽良親の姿があり。

 「退いて下さい、良親様。」
 「出来ひん相談やな。」
 「ではっ。」

 一気に駆けて来た勢いもあったが、彼が立ちはだかったということが、そこが最後の砦である証拠でもあって。瞬時にそんな状況を把握した七郎次、その足を止めぬまま、抱えていた棹を横手で持ち替え、半ばをきつく握り締め、

 「参るっ!」

 背後で半回しにして加速をつけると、そのまま踏み切り、宙へと身を躍らせる。落下の加速による威力を乗せんとする攻勢に出たもので、そんな彼と良親との狭間、横手から素早く飛び出した影があったが構いはしない。というのが、

 「…っ。」
 「う…。」

 良親専属の護衛である少年、これも手練れの如月が、その身をもって障壁にならんと飛び出していたのへは。こちらも後から追いついての加勢。七郎次の体の側線ぎりぎりを掠めさせ、背後から久蔵が繰り出していた木刀の切っ先が、その手元を強かに打
(ぶ)っており。お互いに加減はしていないその証し、如月が繰り出していたのは、急所へ刺さればただじゃあ済まぬだろ、鋼の長い錐(キリ)のような武具であったし。それが今は、大きくへし折れての足元へと突き刺さり、それへ引っ張られてだろう、少年自身もその膝を折っての跪(ひざまづ)くほど態勢を崩している。そんな状態にある自身へ、信じられぬというお顔を見せた彼であり。そして、

 「…。」

 そんな彼がいた位置を突き通し。こちらは良親の手元から、やはり突き出されたらしい仕込みの警棒を先手の横薙ぎで外へと払って。返す動作の先、穂先とは逆の石突きにあたる側、棹の逆端で、良親の来ていたシャツの襟を、背後の扉へ縫い付けるようにしてのドンっと叩きつけている七郎次であり。

 「…喉笛 狙えへんかったんは、手加減か?」
 「警告です。」

 この瀬戸際に、そんな余裕はないと。日頃は暖かな光を満たす青い双眸が、今は凍りつくような冴えと鋭さを孕んでおり。端と放たれた声にも甘さはない。島田の宗家を左右から支えるのが、東西の支家総代であり。時に政治的な影響さえ及ぼすほどもの、社会的な権勢力を持つのみに収まらず。島田の一族が影ながらに担う“務め”というものの質との関わりもあってのこと。各々の当代は、様々に秀でた能力を認められた腹心の一団を周囲に配しており。文字通りの直接衝突に於いて、どんな対象であれ叩き伏せる実力を保持する面々を、護衛も兼ねて 特化チームとして抱えている。そんな東西総代の片やである西は須磨の、しかも当代。良親とその側近らを相手に、こうまで後先考えぬ行動を取ったからには。躊躇も迷いも自滅を招くだけの負因子でしかなく。立ち止まったらそこが最後と、そのくらいの覚悟はしていた七郎次でもあるのだろう。

 「……。」

 斬りつけるような鋭い眼差しが、揺るぎなく、良親の双眸へと突きつけられて。何をか言葉を発するつもりはないものか。いやさ、わざわざ言わねばならぬ状況ではないでしょうと。淡く透いた青をたたえた硬質な視線が、意を逸らさせぬ強い気魄を伝えて来る。その静かなる真摯さの、裡
(うち)に秘めたる激しさ感じて、

 「………勘兵衛はんも、旦那冥利に尽きるわなぁ。」

 久蔵とそれから、彼の不在の間の木曽の支家を護りし隋臣頭の高階という御仁と。この最奥までを何とか追従して来たその二人が、楯になる格好でその背を護ってはいるものの。そんな彼らの周囲は、敷地の奥まったところから続々と詰め掛けている、新たな手勢に取り巻かれつつもある。押っ取り刀で駆けつけている観もあって、最初に刃を合わせた顔触れに比べれば、何が起きているのかも判らぬままという、ピントのずれた面々も少なからず居ようが。それでも、数の上での圧倒は明らかで。そんな状況だというに、良親の喉笛の真横に七郎次が突いた棹はじりとも動かず。返答によってはそのまま横へ、押し切り包丁のように倒し込んで、首ごとつぶすことも厭わぬ覚悟が伝わっても来る。だが、

  そんな緊迫と混乱を、上から叩いた存在があって。

 「もうええ、良親。せんせーらには退いてもぉたで。」

 すぐ際の…隣りの棟のテラスからの声であり。得物の棹の先端を固定したまま支えるようにと、腕を広げた格好の構えから、七郎次がひくりとも動かぬ代わり。久蔵がちらと見上げたそこには、

 「……征樹。」
 「せや。久しいな、久蔵。」

 こちらの良親と同様、初老にも届かぬだろう年頃を思わせる、関西訛りの滲んだ、男の声が降り落ちて来る。

 「七郎次も、良親から手ぇ離したってくれへんか。」

 命じるそれではない、諭すような響きの声であり。
「ちょっとした時間稼ぎにィて、相手させてもろただけのこと。なにも勘兵衛はんに逢わせとないて思てのことやないんや。」
 そんな言葉と同時、彼の弟にあたる如月が、へし折られた得物を外した手を両方とも、そのまま地へと伏せて見せ。土下座に近い格好だったが、それを恥に思うより、抵抗はしないと示す方が優先されてのことらしく。良親もまた、七郎次に警棒を飛ばされたそのまま だらりと下げていた腕の先、シャツの袖口をゆるゆると揺すると、そこから…ブレスレットには長すぎる、ボールチェーンをすべり落として見せて。
「…また新しの仕込んどったな、お前。」
「しゃあないやろ。高階はんが動いとったんやで? きっと遠からず、こないして久蔵やおシチが来やるんを、警戒したらあかんのか。」
 現に、実戦に出てはれへんのに こんだけの腕やえ?と。対峙している当人をよそに、上と下とで掛け合いが始まって。

 「…シチ。」

 それへと気が抜けた訳ではあるまい、まだ幾分かは堅い声のままながら、それでも久蔵が掛けて来た声は、状況の変化を伝えてもおり。本当の本当に丸腰空手ですという状態を示した、主人とその護衛の少年の態度へと従ったものなのだろう。周囲の陣営から…先程までは強く感じられていた、殺気に準ずるほどもの緊張感、今やすっかりと去っている以上、

 「…。」

 このまま睨めっこをしている意味もないというのはさすがに判ってか、やっとのこと、その肩から力を抜いた七郎次であったのだが。

 「…シチ?」

 大きく吐息をついた彼が、そのまま胸元を上下させての荒い呼吸となったのへ。久蔵がハッとし、その手から棹をむしり取るように取り上げて。今にも頽れ落ちかかる身を、二の腕つかんで支えてやった。立ち止まった途端に、こうまでの反動が現れるほど。それほどまでの急激な緊張に支配されていた彼だったようで。そんな容体になってしまった、さっきまでの刺客もどきな襲撃者へと、

 「すまんかったな、おシチ。」

 良親もまた打ち沈んだような静かな視線を向け、手を延べると肩を貸す。手が触れた刹那、久蔵が咬みつくような顔をし、睨みつけて来たものの。そんな二人の狭間で、

 「〜〜。」

 七郎次当人がかぶりを振って見せたので。それだけで通じてのこと、微妙に渋々ながらという態ではあったが、良親の手出しを許す彼であり。いきなり躍り込んで来た嵐が、やっとのこと収拾をつけた島田邸である。



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  *さあさあ、どうなっているのやら。
   ここからが本筋ですが、続きはちとお待ちを。

   あああ、しまった。地名と人名に微妙に間違いが。
   こそり、訂正させていただきますね。


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